仲代達矢の無名塾の卒業生は誰?弟や妻や息子や娘など家族について【徹子の部屋】

黒澤監督の作品、乱。

当時の金額にして26億円も製作費が掛かった作品です。

そこで主演を勤めていたのが仲代達矢さんです。

彼の演技の迫力に圧倒された記憶があります。

この作品が4Kデジタル修復版として復活しました!

さて、6月8日のテレビ放送予定の徹子の部屋に仲代達矢さんが出演されました。

その際に、仲代さんの経歴に関してはあまり知らなかったので色々と調べてみました。

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仲代達矢の経歴・プロフィール


出典:shigoto-kk.com

名前:仲代達矢(なかだい たつや)
本名:仲代 元久(なかだい もとひさ)
生年月日:1932年12月13日
年齢:84歳
出身:東京都目黒区
職業:俳優

主演された「乱」という黒澤作品で仲代さんをみた時には演技という領域を超えた、宗教的な何かすら感じるものがありました。

それは彼が考える演技の考えに基づいているのではないかと思います。

芸を計算しひたすらに洗練させていった彼の演技は当時、人気を博していた俳優とは異質さすら感じました。

そんな彼の歴史が気になり調べてみました。

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仲代達矢の歴史


出典:ja.wikipedia.org

戦争経験者ですから幼少は貧困や飢餓など、かなり過酷な状況を経験されているようです。

高校卒業後も定職につくこと出来ず、小遣い稼ぎをしながら当時から好きだった映画や芝居を観に行っていたのだとか。

そんな日々を過ごす中で仲代達矢さんが20歳の時に転機が訪れます。

俳優座の公演で千田是也さんの演技を観たのを、きっかけに俳優座の養成所に入ることにしたそうです。

養成所に入って2年後に「七人の侍」に侍役で、少しだけ出ることになったそうです。

その時間わずか2秒。

2秒にも関わらず黒澤監督からOKが出ず、朝9時から撮影を初めて終わったのは夕方3時。

黒澤監督には侍の歩き方にこだわりがあり、彼はそれが出来なかったようです。

仲代達矢さんが入った1950年代は、師匠であり俳優になるきっかけになった千田是也さんのブレヒト劇が絶頂期だったと自身が回想しています。

ブレヒト劇とは通常の演劇や映画とは視点が異なります。

異なるというか視点のベクトルが逆な訳ですね。

通常であれば観客は映画や演劇の世界観へ入っていく。

それは映画の演劇の演者と同化していくことになります。

何を悲しんだり、喜んだり、楽しみがあったり、その感覚を共有し物語を一緒に進んでいくことが通常な訳ですが

ブレヒト劇は逆にした異化の視点から観ていきます。

客観的に観ていき批判的に観ていく。

その感想を観客からフィードバックとしてもらう。

そういう演劇があったようです。

詳しく知りたい人はこれを読んでみてください。(絶版ですけど、中古でたまに安くなっています。)

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この経験が仲代達矢さんんの演技を洗練させていったのかもしれませんね。

俳優座には20数年いたそうです。

師匠の千田是也は「ダメだ」と言うだけで、具体的なことは何も教えてくれなかたそうです。

だから、観て盗む。

観て盗むから盗むポイントを要素に分けて考えていくことができる。

細かくなぜと言う問いを立てて検証を繰り返していけるところに演技の深みを作っていくことできるのだと思います。

具体的には教えてもらえない。

けど、目指すべき存在は目の前にいる。

この環境が仲代さんの演技を加速的に高めていった気がします。

その後に彼自身の「無名塾」をやるようになったみたいです。

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仲代達矢の無名塾の卒業生(出身者・元塾生)は誰?


出典:mumeijuku.net

師匠の千田是也から劇団の後継を頼まれたけど、それを辞退し、のれん分けのつもりで無名塾を創立したそうです。

創立は1975年。

レベルの高い魅力ある俳優を育てたい、という思いから無名塾を創立しています。

名前の由来は自分の芸に手垢がついているかもしれないと思った時や、俳優として成功して天狗になった時に、初心に立ち返ることができる場所。

初心になることで、無名になった気持ちでまたここに戻ってこい、という願いからつけたそうです。

この塾は無料だそうです。

若い世代に芝居の良さを継いでいかなければならない、そんな思いでやられているそうです。

ネットが普及していろんなことがネットだけで完結してしまい、それで良しとされている時代において、わざわざお金を払って劇場に行くには、リアルだから感じられるインパクトが必要になると思います。

わざわざ、そこへ行く価値。

その俳優の技とも言えるのは歌舞伎や能狂言のように、残すべきクオリティのものは次世代へ繋いでいかなければならないと思います。

仲代達矢さんの演技を超えた何かを感じさせる人の技であれば残していって欲しいと思います。

そして、無名塾の卒業生ですが、

役所広司さん、益岡 徹さん、真木よう子さんなどがいます。

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仲代達矢の無名塾の評判はどうなのか?

評判はあまり表に出てきていないようです。

仲代達矢さんが一流の役者であり、憧れる存在であるのは間違いないと思います。

一流の役者が、一流の先生になれると限らないということもあるように、いろんな意見があるようです。

それでも「無名塾」に入って、仲代達矢さんから教えを請いたいという人が後を絶たない。

環境が有名になり過ぎたことによって、そこへ入れば成功できる可能性できるという勘違いが、一人歩きしてしまっている面もあるのかもしれません。

無名塾」に入れば、成功できるほど、役者の世界は甘くない。

けど、役者の世界の厳しさを踏まえて、他では得られないものが、得られる可能性があるということを「無名塾」の出身者は物語っているようにも感じます。

一つ言えるのは環境よりも大切なものがある、ということだと思います。

他人からどれだけのことを得れることが出来るか。

それは、学ぶ人間が、あらゆることを、どのようにみているのか、ということ。

世界をどう解釈して、解釈した世界を自分の現実へどう反映させて変化を促していくのか。

その思考と態度からくる行動の違いが、学ぶ場所よりも大切なのだと思います。

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仲代達矢の家族について

彼の家族は著名人が多いので紹介として残しておきます。

弟は?


出典:chanson-museum.com

仲代達矢さんの弟さんは

名前:仲代圭吾(なかだい けいご)
職業:シャンソン歌手

20代から活動されてるようです。

奥さんの行代美都(ゆきしろ みと)さんと、ペアで活動されているようです。

妻は?

仲代達矢さんの奥さんは、

名前:宮崎恭子(みやざき やすこ)
職業:脚本家、女優

知り合ったのは俳優座の先輩だったから。

恋愛関係に発展したきっかけは、1957年の舞台での共演だそうです。

それがきっかけになり結婚までされています。

仲代さん無名塾を立ち上げた時から、ずっと一緒に活動をされていました。

しかし、1996年にお亡くなりになっています。

娘は?


出典:okmusic.jp

仲代達矢さんの娘さんは

名前:仲代奈緒(なかだい なお)
職業:女優、歌手

奥さん、恭子さんの妹さんである宮崎総子の娘さんを養女にされています。

宮崎総子は特発性拡張型心筋症で、若くして亡くなられてしまったそうです。

当時、二人にはお子さんはいなかったようで、一人娘として大切に育てられていきました。

息子は?

仲代達矢、息子と検索される人が多いようですが息子さんはいません。

息子さんで滝藤賢一さんが出てくるようです。

この二人は師弟関係ですね。

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終わりに

黒澤作品の「乱」という映画を観たときの衝撃は、今でも忘れません。

仲代達矢さんの演技の芸を超越したような何かを感じました。

その彼がどのようにして今に至っているのか、俳優の養成学校をやっていること、養成学校をやっている理念を知れたのは、学びがありました。

これを書いている私自身が学びを得られています。

後進を育てると共に仲代さん自身の演技にも、これから注目していきたいですね。

そして彼自身の発言もチェックしていきたいです。

仲代達矢さんが主演された「乱」や黒澤作品には切っても切り離せない存在であるながら、仲代さんとも旧知の仲となる野上照代さんの記事もありますので、よかったら読んでみてください。

野上照代(スクリプター)と黒澤明と伊丹十三との関係の意味は?

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