ディズニーランド「古地図」の画像。今回のオークションで1億円突破の可能性!

ディズニーランドは開園当初から非常に人気が高く、リピート率も他のテーマパークと比べて圧倒的な高さを誇っています。

来場者の満足度然り。

圧倒的な人気と満足度からディズニーランドは夢の国と言われているのは有名です。

日常を忘れる空間。

すべてが非日常を演出するためにデザインされた場所。

ほとんどの人は入り口を入ったら後ろを振り向くことはないそうです。

ディズニーランドの入り口に入った瞬間から「その人にとってのと特別な時間」が始まり、唯一無二の物語が始まる。

その物語は体験するたびに違い、体験を重ねるほど色彩豊かに塗り重ねられていく。

特別な時間が体験する度に、新たな物語として自分の記憶に残っていく。

デザインされた場所。

その巧みなまでに設計デザインされた場所がディズニーランドであり、驚異的なリピート率を誇っている理由なのだと思います。

最近であればUSJの台頭もありますが、ディズニーランドには、まだまだ勝てそうにはありません。

さて、ウォルト・ディズニー関連のヴィンテージアイテムがオークションで売りに出されるようです。

主催はカリフォルニア州のヴァン・イートン・ギャラリーズ。

その中に90万ドル(約1億円)以上の値がつきそうな品もあるそう。

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オークションで1億円突破の可能性があるディズニーランド「古地図」

主催者によると今回のオークションはディズニーランドの60年間の歴史を象徴するアイテムを数多く揃えた、とのこと。

そこで注目されているディズニーランド古地図」。

この古地図が一億円を突破する可能性があるそうです。

画像がなかったので探してみました。

可能性の高いのはおそらくこれらだと思います。


出典:blogger.com


出典:pinterest.jp

と、思っていたら違いました。正解はこちらですね。


出典:pinterest.jp


出典:nytimes.com

これが、オークションで1億円突破の可能性がある、ウォルト・ディズニーハーブ・ライマンが作ったオリジナルマップ。

制作時期は1953年。

ウォルト・ディズニーと当時、友人であったのハーブ・ライマンが、1953年9月にディズニーランドを建設するための資金を確保する必要があった。

そのために急遽作成したオリジナル地図です。

ハーブ・ライマンウォルト・ディズニーから発せられる、言葉のイメージのみで、直感的に描いていった地図です。

そこには、参照となるものは、まったく存在しなかった。

ハーブ・ライマンのインスピレーションのみで生み出された作品。

ウォルト・ディズニーのイマジネーションが、ハーブ・ライマンのインスピレーションによって具現化された瞬間の地図です。

双方の類い稀なる才能が合わさることによって、初めて生まれた作品なんだと思います。

ディズニーランドが生まれる原点とも言える作品ですね。

これが無ければディズニーランドは生まれていなかったかもしれない。

そう考えると1億円の値段は安いとも思えてきてしまいます。

ヴァン・イートン・ギャラリーズによると、今までオークションで提供されたなかで、最も価値のあるディズニーランドのアーティファクトである、とのこと。

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ディズニーランド古地図の画像をディテール別にみてみる。

ウォルト・ディズニーハーブ・ライマンの共作と言える古地図
全景では分かりづらいのでディテールをみてみましょう。

メインストリートのディテール
フロンティアカントリーのディテール
 ワールドオブトウモローのディテール

出典:yesterland.com

ウォルト・ディズニーの高いストーリーテリング能力が、ハーブ・ライマンのインスピレーションを呼び起こし、作画していった奇跡ともいえるセッション。

その時間42時間。

2人はイマジネーションとインスピレーションの全てを費やしこの古地図を完成させることに成功しました。

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ディズニーランド誕生の瞬間となった古地図。

ディズニーランドの古地図はどのような経緯で作られたのか、それはあまりに突然な流れで動き始めます。

物語は1953年9月23日に始まります。

ウォルトはよく家族を連れて世界各国の遊園地に行きました。

しかし、どこも汚くて満足のいく場所とは思えなかった。

ベンチでピーナッツを食べながら「ちょっとはましな、大人も楽しめるところがないだろうか」と考えていたそうです。

当時、アニメーション映画で大成功を納めていたウォルト・ディズニーは遊園地を作る構想を抱き始めます。

これまでにない遊園地を作ろう。

ウォルト・ディズニーはそう考え、わずか1年足らずで新会社、WED Enterprisesを設立します。

新しい種類の遊園地の夢を実現しようします。

ウォルトがイメージした遊園地はThe Happiest Place on Earth(地上でいちばん幸せな場所)

9月23日の朝、スタジオで働いていたアートディレクターのハーブ・ライマン(Herb Ryman)は、ウォルト・ディズニーに突然、電話で呼び出されることになります。

そこでハーブ・ライマンは、初めて遊園地の構想を聞きました。

ウォルトは「ハービー、私たちは遊園地を建てようとしている」と。

「それは興味深い」とライマンは答えます。

そして「どこにそれを造るつもりですか?」と。

ウォルト「構想が大きすぎる。これから場所は探すつもりだ。」

ライマン「それを何と名付けるつもりですか。」

ウォルト「ディズニーランド。」

ウォルト「まあ、それは何でも良い。」

ウォルト「ライマン、この計画を実施させる為には資金が必要になる。
その資金を集める為の計画書や図面が必要になる」

ライマン「そうなのですね。で、その図面はどこにあるのですか?」

ウォルト「君が描くんだよ。」

と、ライマンを椅子に座らせ、目の前に画用紙を広げました。

そこから急遽ハーブ・ライマンの作画が始まります。

その時間42時間。

奇跡ともいえるセッション。

ウォルトのイメージは細部まで緻密に考えられていたようで、仮想空間の中で実際に歩いているかのように魅力的に語っていく。

ウォルトの口から出てくる夢のある構想を、ライマンは漏らさず聞き取り、即座に画用紙に描いていきます。

そのストーリーテリングの力と、ライマンのインスピレーションで、一気にディズニーランドの世界を描いていきました。

その短時間で作り上げたとは思えない完成された完成予想図を、ウォルト・ディズニーの兄であるロイによってABCテレビに持ち込まれます。

それが出資の契約を取り付ける重要な資料となりました。

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